福地公認会計士事務所

外資系企業向け英文会計・税務サポート
...
公認会計士 福地徳恭

個人主義とわがまま

今日で8月も終わります。今年の夏はやっぱり暑かったですが、涼しくなるのは意外と早かったのでここ数日は楽でしたね?ただし、全国各地での豪雨がこの夏の特徴となりそうです。怖いですね、100mm/時間の雨なんで尋常ではありません。

さて、今日の題名は少し大袈裟かもしれませんが、こんな話です。昨今、学校などでの子供への対応やその親(モンスターペアレント)の話を聞きますと、日本の教育による明らかに20年以上前くらいからの個人主義崇拝がもたらした失敗が原因だと私は思います。すなわち、個人の能力を尊重し過ぎるばかりに必要な教育的指導(つまり日本のあるべき道徳感や文化感を徹底的に教え込み、最終的にはゲンコツやビンタ・けつバットなど物理的方法によって啓蒙する活動)を怠ってしまい、ついには個人主義は単なる個人のわがまま野放し状態をもたらしてしまいました。これは何も子供に限ることなく、いい年をした大人にも蔓延しており、当然のようにわがままを主張する輩が多くみられるように私には思えます。

たとえば先日、出張先ホテルでフロントの窓口が混んでいたので並んでいますと、後から来た方が全くそれを無視するように先にフロントで用を済ませようとしました。私はすかさず、「すいません、並んでいるのですが。」と諭すと、「鍵を取るだけで並ばなければならないの?」と訳のわからない反論。「だから、みんな並んでいるのですよ。ねえ、皆さん。フロントの方もちゃんと言って下さいよ。」と私が言うと、その方は私を睨みつけていました。この方、いい年をした夫婦のうちの男性でした。私はもちろん、この男を横目に先にフロントで用を済ませましたが、順番に並ぶことの常識もわからない年配者が最近いることに驚いています。そこらじゅうに、わがままは当たり前、という人間があふれているような気がしてこれはどうにかならないものかと思っています。

「心の傷」は言ったもん勝ち、という本があります。著作者は精神科医の中嶋聡さんという方ですが、最近の心の病の多くは単なるヒステリーであり、個人のわがままがハードルの低いストレスに耐えられなくなったのが根源の一つであると主張されています。弱者が弱者であるから大切にしろ、とか、わがままを言っても良いだろう、という風潮がここ20年ほどで急速に増えているそうです。朝青龍は本当に精神病だったのだろうか、とも疑問を呈しておられました。

日本人は、「我慢」「辛抱」「忍耐」を尊ぶという美徳を持っていたと思われ、昔はよくこれらの言葉を親から聞かされていました。私は、それほど禁欲的な生活は好きではありませんが、最低限の我慢とか辛抱は日本人として絶対に守るべき行動だと思います。そうです、北京オリンピックの男子マラソン金メダリストのワンジル選手は日本でマラソンを教わり、その最高の教えが「我慢」だったというではありませんか。私は今一度、この言葉をフィードバックして我々日本人の美徳として尊んでいきたいと思います。

福地公認会計士事務所ブログ・最近の投稿